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「刻舟求剣」ともいえる経営を行った企業

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  • by saduck

内容説明 コメント(0件)

「刻舟求剣」は「舟に刻みて剣を求む」と読み、紀元前二四〇年に、秦の始皇帝の宰相であった呂不韋が編纂した百科全書『呂氏春秋・慎大覧・察今』の中に寓話として出て来るものである。同じ意味に、「落剣刻舟」、「株を守りて鬼を待つ」がある。ある楚の国の人が長江を舟で渡っているさい、あやまって剣を川に落としてしまった。その人は小刀で舟に印をつけ、「この位置で剣を落としたから、印をつけたのだ」という。舟が岸につくと、その人は舟の印をつけた場所に降り剣を探したが、当然あるはずもない。意味は、状況の変化に気付かず、かたくなに古いしきたりにこだわることである。呂不韋はこの話で、政治では常に時代の流れを考慮しないと求めるものを得ることは出来ないと言いたかったわけだが、同じことは経済でも言えるだろう。昔からの手法を続けているだけでは企業は倒産してしまう。
 2000年7月12日に大手百貨店のそごうが、預金保険機構と72の金融機関に要請した6300億円の債権放棄計画を撤回、民事再生法の適用を東京地裁に申請し財産保全命令を受け、事実上倒産した。負債総額1兆8700億円、国内従業員1万人、取引企業1万社ともいわれる。そごうがそのような状況に陥った原因は、水島前会長が1962年に社長に就任して以来進めてきた多店舗路線が、バブルの崩壊による不動産価格の下落と消費不況によって破綻したことにある。それほどの状況になる前に不良債権を処理すべきであった。それを遅らせた経営陣と銀行の責任は大きいが、株主の責任も重大である。したがって、そごうはバブルの頃と同じ感覚で消費が行われると思い、店舗を増やし、株主もワンマン社長が企業をほしいままにするのを放置していたために倒産することになったのである。とっくある。に景気は悪いのに、バブルの頃と同じことをやっていて倒産しないほうがおかしいと思う。

資料の原本内容

   「刻舟求剣」ともいえる経営を行った企業
「刻舟求剣」は「舟に刻みて剣を求む」と読み、紀元前二四〇年に、秦の始皇帝の宰相であった呂不韋が編纂した百科全書『呂氏春秋・慎大覧・察今』の中に寓話として出て来るものである。同じ意味に、「落剣刻舟」、「株を守りて鬼を待つ」がある。ある楚の国の人が長江を舟で渡っているさい、あやまって剣を川に落としてしまった。その人は小刀で舟に印をつけ、「この位置で剣を落としたから、印をつけたのだ」という。舟が岸につくと、その人は舟の印をつけた場所に降り剣を探したが、当然あるはずもない。意味は、状況の変化に気付かず、かたくなに古いしきたりにこだわることである。呂不韋はこの話で、政治では常に時代の流れを考慮しないと求めるものを得ることは出来ないと言いたかったわけだが、同じことは経済でも言えるだろう。昔からの手法を続けているだけでは企業は倒産してしまう。
 2000年7月12日に大手百貨店のそごうが、預金保険機構と72の金融機関に要請した6300億円の債権放棄計画を撤回、民事再生法の適用を東京地裁に申請し財産保全命令を受け、事実上倒産した。負債総額1兆8700億円、...

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